2008年1月20日日曜日

英国の家庭医

今回は英国の家庭医(general practitioner;GP)についてお話したい。

英国の家庭医は日本での開業医に近い役割を担ってはいるものの、実際には同じとはいえない。英国の医療制度において家庭医の担う役割は大きい。通常、一般市民は家庭医の紹介無しには病院を受診できない。「プライマリケアを担うのは開業医(家庭医)である」ということが、日本よりもはっきりしているように思う。逆にいうと、日本はプライマリケアを中小の病院と開業医が地域に応じてすみ分けをしているといったところだろうか。

英国へ移住したら、まず近くの家庭医に登録する。実はここでつまずくことも多い。近くの家庭医に登録しようと思っても断られることが結構あるのである。自分の担当患者の数が多すぎる、というような理由である。担当患者の数に応じて使える予算も変わってくると言っても、そこまでして患者を増やそうと考えるGPはいない。断られたら、少し遠くのところでまた探すことになる

私の家庭医は南アジア系である。ちなみに英国では家庭医の診療所をサージェリー(surgery)という。外科という意味ではない。

受診するときの最も大きな違いは、実は予約ではないかと思う。最近は日本の開業医でも病院でも、予約制にすることで待ち時間を減らすという努力をしていると思うが、英国では原則的に予約をしないと診てもらえない。

実はこれ、家庭医に限らず、何でもそうである。レストランでも人と会う約束でもアポなしはかなり嫌われることがある。予約に限らず、この国は自分からアプローチしていかないと何も始まらない。血液検査の結果を知りたいとと思っても、当然病院や診療所からの連絡は期待してはいけない。以前にも書いたがなかなか思うように予約が取れないということもある。

では、実際の家庭医の質はどうだろうか。確かに地域に根ざした家庭医の医師に日常の健康・医療に関して継続的に診てもらうというのはいいのだが、現実的には、かなり医師によって当たり外れがある。

ちゃんとした研修を受けようが、受けまいが、やはり医師としての技量や人間性は千差万別である。これは日本も同じだと思う。セクハラまがいで問題になった医師から、最近は担当患者を殺害した疑いで裁判にかかっている有名な家庭医もいるのでニュースで知っている方もおられるかもしれない。

一方で、大学の教授を兼ねている家庭医もいる。オックスフォード大にあるEBM(科学的根拠に基づく医療)センターの有名な教授は家庭医で、今でも週何回かは外来をこなしている。もちろん大学の教授だからといって医師としての技量が高いとは限らないが、彼に限らず、医療の質を上げていくために日々努力している家庭医は多い。

全般的に見ると、英国の家庭医は当たり外れはあるものの、医師としての技量や知識に関しては一定の水準は保っているように思う。あくまで一般的な話である。人間性や態度に関しては文化背景なども違うので一概には言えないが…。

では英国では医学校を卒業した医学生が、どのようにして家庭医になっていくのだろうか。

日本では内科や外科などの研修を受けた医師が開業していくことが多いと聞くが、英国ではインターンを終えた医師が直接「家庭医」の研修を受ける。すなわち「内科」や「外科」という専門を専攻するのと同様、「家庭医」という専門を専攻するわけである。

この家庭医の研修、英国では最低3年間だが、中身の条件が厳しく、3年で皆が修了するという類のものではない。通常、1年から1年半の診療所での研修と、2年から2年半の病院での関連の強い領域(例えば内科、老年科、小児科、精神科、救急科など)での研修というところである。

このような研修の間に、専門医(家庭医)試験に通らなければいけない。試験は2種類の筆記試験、診察技術試験、面接である。診察技術試験は通常、自分が患者を診察する風景をビデオで撮影されたものを試験官が採点する。

試験と研修を無事終えると、王立家庭医協会(Royal College of General Practitioners;RCGP)という学会への入会が認められる。ところがこれで終わりではない。家庭医としてしばらく働いた後、さらに実際に自分の受け持った地域に関しての試験があり、これに通ってようやく王立家庭医協会のフェローとして認められるわけである。

この地域に関しての試験は、自分が診察したり担当した患者さんたちのデータをまとめた結果について問われたり、地域に根ざしてどのように積極的な健康増進に関連した働きかけをしたか、というような公衆衛生的なことから、ひとり一人の患者さんへの対応のような、臨床的なことまで広く含まれる。ちなみにフェローとして認められるということは学位を持つことと同様の意味で、FRCGPという称号が付く。つまり、家庭医の専門医ということである。

周りの医師仲間を見ていると、家庭医という方向を選ぶのは1)地域に根ざした医療という医療の原点に戻りたいという情熱を持った人か、2)内科や外科は専門医になるのも大変だし、そこそこの給料をもらって生活を楽しみたいという人が多い。

専門医制度がしっかりとしてきた背景には、実は外国人医師の流入がある。英国では資格さえあれば国籍はあまり関係ない(はず)なので、その資格の部分が重要となってくるわけである。日本の状況とはここが大きな違いである。日本も海外からの医師を数多く受け入れるようになるのだろうか。

(既出・日経メディカルオンライン・禁無断転載)

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