2009年12月27日日曜日

我が国の小児医療の行く末を憂う

小児の救急現場が危ない、という声が上がってからしばらく経つ。国民の、医療を含めた現状への不満から、政権交代が起きた。今日本中の国民と、世界の市民が、「日本はこれからどうなるか」ということを静かに見守っている。


医療の現場からさまざまな声が上がる中、小児医療の現場からの声はあまり聞こえない。新型インフルエンザの流行で、ただでさえ疲弊していた小児医療の現場は、大ピンチの状況である。インフルエンザ関連の数々の失策もあってさらに疲弊している多くの小児科医は、「声を上げる」時間もない。

日本小児科学会の調査では、小児科医の6割以上が週10時間以上の時間外労働をしており、全年代の小児科医の半分近くが過労死認定基準である月80時間以上の時間外労働をしている。また30歳代の小児科医の9割が、労働環境を改善すべきレベルの疲労度を感じている。ちなみにNHKの調査では、週10時間以上の時間外労働をしているのは、一般の勤め人でも約2割程度である。

心やさしい小児科医は黙々と身を粉にして働けば済むかもしれないが、こんな状態で診てもらう子どもたちにとっては危険すぎてたまったものではない。

医師が足りない、足りない、と叫ぶだけでは、医療現場は改善しない。

単純な比較はできないが、英国の小児(19歳未満=英国の小児科医が診る年齢層)人口10万人あたりの小児科医数29.2人は日本の小児(15歳未満=日本の小児科医が診る年齢層)人口10万人あたりの病院勤務小児科医数36.6人に比べて少ない。(英国では一次医療は小児であっても一般家庭医の範囲であるため、より公正な比較のために「病院勤務小児科医数」とした。)ただ、小児科は女性の比率が高い科でもあり、実際に週40時間の労働をしている小児科医数はもっと少ない。

しかしながら、顕著な違いは、病院の数である。日本の小児科標榜病院数は3528病院と報告されているが、英国では全国で204病院しかない。このため1病院あたりの小児科勤務医数では、日本の1.8人に比べ、英国では20.8人と10倍以上である。

完全に統制的に医療が提供されている英国と、国民皆保険という以外は比較的自由な医療体制を持つ日本では単純な比較はできないものの、ひとつの病院に2人しか小児科医がいない場合と、20人以上いる場合では、たとえ仕事量が違うとしても、疲労度や労働時間はあまりに違う。現に、欧州憲法に批准したために、英国の医師は週48時間労働が基本(でありほぼ現実)となっている。

すなわち日本の小児医療においては大都市を中心に小規模な病院が乱立していることも、医療崩壊を招いている背景にある。

これは小児科医が疲弊したり、診てもらう子どもたちにとって危険であったり、という問題だけではない。国民の「血税」に近い存在である社会保険料や税金からの医療費が無駄なく使われているか、という問題もある。ただもっと大きな問題は、病院が小規模であるために成人では必要のない小児医療のための設備が充実されないことと、そして同じく小規模であるために医療レベルも担保できないこともある、ということである。

入院が短期であれ、長期であれ、入院している間も子どもたちは成長し発達する。子どもたちが成長し、発達していくためには、それなりの環境が必要である。つねに(入院)生活の中に「遊び」の要素も必要である。欧州や北米の病院小児科を訪問すると、こういう「環境」の違いに愕然とする。我が国は、こうも子どもを大切にしない国なのである。子ども関連に割かれている予算を見れば一目瞭然である。


ユニセフが、先進国に住む子どもたちの広い意味での健康について国別に調べた調査がある。日本の新生児死亡率や乳児死亡率は世界最低レベルではあっても、貧困や家庭での教育環境等を含めた物質的な健康度合いは先進24か国中18位、健康と安全度合いに関しては同じく13位である。子どもの成長や発達のための環境という意味においての物質的な欠乏という項目では日本の子どもたちはなんと先進24か国中最下位である。

子ども関係の省を持つ英国やカナダの州政府と昨年から何度も意見交換する機会があった。多くの先進国で「子ども」は優先事項である。

こういった状況を踏まえ、日本小児科学会では、広域医療圏(都道府県レベル)ごとに三次小児医療の中心となる中核病院小児科、普段の生活範囲に近い二次医療圏ごとに二次小児医療の中心となる地域小児科センターを認定し、しっかりとそこに環境整備をすると同時に、担当する地域への責任も感じてもらい、過疎の地域も都市部も、どこに住んでいても安心の小児医療を提供できるようにする運動を5年も前から静かに進めている。

そのことで、小児科医の疲弊度を減らし、地域格差を減らし、このような病院での診療に関するデータを公開することで説明責任を負うことをねらいとしている。ただし、「治療」をするという医療の質を保つためにも、子どもたちの成長発達の環境を作るためにも、もうすこしお金が必要である。

日本小児科学会はこのような地域の医療を守る中心病院の医療の質と環境を改善するために、こういった施設への診療報酬の配慮を要望していたが、前回の診療報酬改定では、「医療の問題は地域の中心病院ではなく地域である」という本質を全く理解しない意見で、あっけなく蹴られた。

地域の中心病院がしっかりとするからこそ、地域の医療が守られる。安心して地域の医療が回っていく。透明性を高め医療の質を担保するといったような、学会自ら自分たちの仕事に誇りを持って自分たちを律する制度を用意している小児科学会の構想を、前回の中医協は無理解であった。新政権で行われる次回の改定では、日本の未来を重く考えていただきたいと思う。

医療だけではない。子どもたちが守られ、幸せに感じることができる社会にするために投資を惜しまないことを新政権には望みたい。かならずその投資は報われる。今年は子どもの権利条約が採択されて20周年である。日本では言葉だけでちっとも守られていないこの条約を真剣に考える時期が来ている。

心やさしき小児科医ももう黙ってはいない。

2009年9月4日金曜日

ボランティアと国際協力

ボランティアと言うべきではないでしょうが、小学生のころ、当時長野県北安曇郡小谷村真木部落というところに開設したての、「共働学舎」という様々な障害を持つ方が自給自足で暮らす村で、毎年夏休み中過ごしておりました。私のボランティアの原風景はこの真木部落にあるかと思います。小学生だからと言って容赦はなく、家畜の世話、畑仕事、食事の準備、風呂焚き、競争ではなくお互いにできることをして助け合って生きていくことを学んだように思います。

中高生のころは、岡山県邑久郡(今は瀬戸内市邑久町)虫明にあるハンセン氏病施設・国立療養所長島愛生園に毎夏ボランティア活動と称して、お世話になっておりました。本州から目と鼻の先にある長島ですが、根強い差別意識が残る中、当時はまだ橋さえかけてもらえない状況が続いていました。中高生の私ができることと言ったら、庭や遊歩道の掃除ぐらいで、目も指も使えなくなった方が舌を使って点字の聖書を読む中でミサに参加し、讃美歌を皆で歌ったりするなかで、逆に大きな元気をもらっておりました。

阪神淡路大震災は医学生で卒業試験直前でしたが、故郷の惨劇を聞いて、いてもたってもおられず、AMDAという国際緊急援助活動を得意とする団体の医療ボランティアチームとして長田区で活動していました。医師の資格を持たない立場でしたので、地元の利を生かして運転手として走り回りました。AMDAは一見さん団体が集まる国際緊急援助活動の経験が長く、長田区内のボランティア団体を取りまとめる役割をしており、善意のボランティアが集まるだけでは、効率的・効果的に「こうしたい」と思ったことが実現せず、マネージメント・コーディネートということが不可欠であり、その実際を知りました。

医師となってからは、通常の診療活動の間に長期休みをもらって、とくに豪州時代にはネパール国・ブトワール市で母子保健・医療の活動をしました。最新の設備に慣れた新生児科医の私が、設備の伴わないところではほとんど役に立たないことを改めて学び、それでも日常診療の中で本質を考え工夫を行うところの重要性と楽しみを感じながら、一方で幸せそうにしているスラムの子供たちと一緒にすごしながら、「自分にできることは何だろう」と考えていました。

英国時代では、ロンドン大学公衆衛生学熱帯医学大学院・院生だった際、途上国からの学生たちと勉強会をし、試験対策委員として活躍し、一方で国際協力という名で先進国のエゴや無知により途上国の発展が抑えられている構造を知り、卒業後は学外指導教官として、しっかりとデータと総意に根ざした戦略を持って国際協力活動を行っていくことの必要性を実感しました。

私は今、途上国のお母さんや子どもたちの健康についてのお仕事をさせていただいておりますが、国内でのボランティア活動とも重なる部分がずいぶんあるように思います。自分の都合やしたいことを相手に押し付けても、なにも役に立たないどころか、逆に迷惑をかけること、善意の活動とはいえ、組織としてのマネージメントがなければ、効果的に目的が達せられないこと、ボランティア活動も途上国での支援活動も成熟していくことが求められます。

テレビマンだった父が第一線を退いて老人ホームに入所中の方の足を洗う姿を見て、「相手がしてほしいことをすること」の難しさと大切さを感じながら、自分が活かされることを学び続けたいと思っています。

ボランティア活動の目的ってなんでしょうか。

2009年1月29日木曜日

英国における医学教育の課題と展望


卒前教育(入学から卒業までのカリキュラム、1学年人数、医学部数など)

英国では中等教育修了の18歳時に、統一試験があり、その結果と面接、その他の書類審査により、医学校の入学が決まる。医学校は通常の場合最低5年間であるが、インペリアル・カレッジ、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学などは科学学士(BSc)も兼ねたIntercalated courseが通常であり、こういったコースは6年間である。また、中等教育時に理系科目を取っていなかった場合のための準備コースが設置してある大学もある。最近、増えているのが、いわゆる学士入学の制度である。他の分野の学士取得後、聖ジョージ医学校やレスター大学のように社会経験後に医学校入学を認めており、この場合最低4年間必要である。

入学後のカリキュラムは大きく分けて二つある。一つは伝統的なコースでオックスフォード大学やケンブリッジ大学で見られる。もう一つは複合的なコースでリバプール大学やインペリアル・カレッジなどが挙げられる。伝統的なコースでは二年間の基礎医学学習後、3年間の臨床医学の学習および臨床実習となる。複合的なコースでは臓器別に基礎医学から臨床医学、病棟実習に至るまでを連続的に5年間で学ぶ。比較的新しいペニンスラ大学などでは、さらに他の学部とも相互に組み合わされて学ぶようなコースもできている。

一学年あたりの学生数は大学によってばらつきはある。正確な人数は把握できないが、2005年の合格者数で見ると(表)、71名から598名まで、日本よりも概ね多い。この人数は実際の入学者数よりは約一割から二割多いと推定される。医学校は昨今の保健制度改革によって新設された4校を含んで、31校となっている。全国の医学校入学者数は2003年で6030名となり、1999年より毎年10%ずつ増加させ、目標を前倒しして実現している。学士入学者数は毎年500人から600人となっている。

入学が許された学生の社会背景を検討すると、社会経済指標の高いカテゴリー1(プロフェッショナル)に属する家庭からが約40%と相変わらず高く、この5年を通じて大きな変化はない。男女比で見ると概ね女性のほうが多い。

国家試験(医師免許制度)

英国では国内の医学校卒業により、自動的にGMCに仮医師登録をすることができ、後述の一般臨床研修の一年間を修了すると本免許に切り替えが可能となる。いわゆる医師国家試験は無い。これは、海外のいくつかの医学校卒業生にも適応される。(オーストラリアや香港のいくつかの医学校)

それ以外の医学校の卒業生はたとえ英国籍を持っていても医師統一試験を受けることになる。これはPLAB(Professional and Linguistic Assessment Board)と呼ばれる。この試験はWHO認定の医学校の卒業生なら誰でも受けられる。ただし、このPLAB試験を受けるためにはIELTSという英連邦で使われている英語の試験で一定の点数を確保できていなければいけない。

PLABの試験には二段階ある。第一段階の試験は英国以外の国でも受けられ、選択式と空欄式の問題が含まれている、基本的知識を問う試験である。第二段階はObjective Structured Clinical Examination (OSCE)方式の実技試験である。

臨床研修

臨床研修には三段階ある。初期臨床研修は本年度よりFoundation Year1と呼ばれるようになり、すべての医師に義務化されている。内科、外科の基本的な臨床の知識・技術を習得する。家庭医の研修も可能である。この一年間を修了するとGMCに医師としての本登録ができる。

キャリアパス(卒後研修、専門医コースなど)

卒後の研修は選ぶ科により違うが、大きく分けて、病院専門医となる道と、一般家庭医となる道に分かれる。医師本登録後、2-3年の一般研修期間があり、SHO(Senior House Officer)と呼ばれる。この間に自分の専門の方向性を決めるのが通常である。

専門に進むにあたって、学んでおきたい科の学習をするのがこの時期である。たとえば、麻酔蘇生科に進みたい場合に内科や外科の研修を一定期間しておいたり、小児科に進みたい場合に産婦人科の研修を一定期間しておく。専門によりどの分野のものをどれくらい期間最低しておくという決まりがある。

この一般研修期間の間に自分の進みたい科の専門医試験に受からなければ、専門医になるための研修に進むことは通常許されない。研修修了後、到達度を試験する日本と研修を始めるための知識を試験する英国で対照的である。

その後各専門医研修制度は各学会により決められている。ただし、病院専門医の場合、各学会共同でできた組織PMETB(後述)のCCSTという認定制度がある。専門研修に進み、定められた研修ポストで4-5年以上の研修を済ませると、CCSTという資格が認定され、NHSのコンサルタント職に就くことが可能となる。

NHSにおける人材育成戦略(GPの生涯教育、GP数制限など)

一般家庭医の契約は各地域に存在するプライマリーケア・トラストが担っている。各プライマリーケア・トラストの保持している家庭医の枠は一定であるが、現行の保健医療改革を受けて家庭医あるいは、家庭医の研修用ポストを増やしている。一般家庭医を増やすための国の政策として、以下のようなものが推進されている

Golden Hello:新規に一般家庭医がポジションを取得した場合、給料が一定額補助される。
GP Flexible Career Scheme (FCS):パート・タイムの家庭医を長期で雇用した場合にトラストに補助金が下りる。
GP Returners:家庭医が仕事復帰する際に無料で研修コースが提供され、給料が定額確保される。
Improving Premises:家庭医の診療所を改善するための予算が確保された。
Childcare help for GPs:NHSの託児所に子どもを預ける場合は税金控除となり、NHS以外の託児所に預けたい場合はコーディネーターが探してくれる。
Improving Working Lives (IWL) standard:家庭医を含めたスタッフのQOLを改善するためのスタンダードが決められた。
Occupational Health Services:NHSの職業保健のサービスが全体に改善された。
The NHS zero tolerance zone campaign:家庭医を含めたスタッフに対する暴力に対して、予防や対策のための方策が強化された。

一般家庭医の生涯教育はNHSなどの補助を受けて、王立家庭医協会(Royal College of General Practitioners)が担っている。様々な生涯教育コースが用意されており、公衆衛生系の修士を取る場合などもある。最近では王立家庭医協会により、家庭医の生涯教育のための遠隔講座が始まっている。

医師育成のStakeholders(省庁間の調整など)

医師育成に関わる主要な利害関係者はDoH、NHS、GMC、BMA、Royal Colleges、PMETBなどがある。医学校の管轄に関しては以前は教育省であったが、保健省と大きく重なるため、医師登録を担ってきたGMC (General Medical Council)に委譲された。(Tomorrow’s Doctor)一方で、英国の医師の組合組織である、英国医師会BMA (British Medical Council)も、時にGMCやDoHに反対しながら大きな影響力を及ぼしている。ただし、各専門医育成に関しては、各専門の王立協会(Royal Colleges)が大きな権限を持ち、専門医師団体としてClinical Effectiveness Unitなどを学会内に置き、生涯教育も含めて、責任を担っている。ただし、各学会を結んで、専門医レベルを一定の基準とするため、学会などが集まってPMETB (Postgraduate Medical Education and Training Board 旧STA: Specialist Training Authority of the Medical Royal Colleges)という組織が作られ、コンサルタント職に就くためのCCSTという資格認定は学会ではなく、PMETBに権限が委譲され、客観性を保っている。

そのほか(本音?)

英国の医学教育を考慮する上では他の医療系職種の動向の関与を無視できない。コスト的なこともあり、Nursing Practitionerを大きく推進し、医師の役割を、管理職として大きくシフトさせ、実働部分を特別教育させた看護師と、外国人の割合の高い専門研修医に任せる傾向がある。これに連動した形で根拠に基づく医療の推進、そして、診療ガイドラインの作成(NICE)という動きが背景にある。
医学教育そのものは、インペリアル・カレッジのように、大学評価が医学研究によってされる背景と、上記のように医師を科学的根拠作成側、もしくは管理職としてシフトさせるという方向から、医学研究者の医師養成という色が強くなっており、臨床医の中には憂う声も大きい。さらには、レスター大学のように、患者さんを含める教育はタイミングに左右されたり、医学生に不平等を生むという理由で、遠隔講座が併用されたりという傾向も強い。遠隔講座に限らずインターネットやマルチメディアが教育・診療にかな活用されいる。これはコスト削減ということもあるが、教育効果が高いことも理由となっている。問題指向型教育では講師の「教師としての魅力による熱い授業」が失われる傾向にあり、昨今の問題指向型教育への偏重を問題視する声も大きい。学士入学を受け入れている現場では、社会経験のある学士入学生と、若い通常の医学生では求めるものなどが大きく違うため、混ぜて教育する場合の困難さも教師の間ではささやかれている。

資料

Becoming a doctor BMA
英国医師会による医師になりたい学生向けのパンフレット。キャリアパスが分かりやすく説明されている。
Tomorrow’s doctor GMC
医学校の評価や標準化を担っているGMCによる、医学卒前教育のスタンダードが書かれている。
The New Doctor GMC
GMCにより出された、一般臨床初期研修のスタンダードが示されている。
Principles of good medical education and training PMETB
卒後教育の標準化を担うPMETBにより出された、卒後の医学専門教育・研修についてのスタンダード。
Undergraduate Syllabuses_2005–06 Imperial College Medical School
インペリアル・カレッジの医学学士課程の課程案内。
A GP recruitment and retention primer NHS Alliance
NHSの現在の家庭医に関する人材確保に関する覚書。
Medical Schools: Delivering the Doctors of the Future DoH
保健省による医学校の現状と、医療保健改革による変化と将来に関する政策の説明。

2009年1月21日水曜日

乳幼児の死亡率を考える

2005年のことだが、
日本の1~4歳児の死亡率 先進国の3割増で「最悪」
「長寿命を誇る日本だが、1〜4歳児の死亡率は先進国の平均より3割高く、実質的に「最悪」なことが厚生労働省の研究班の調査でわかった。原因ははっきりしないが、主任研究者の田中哲郎・国立保健医療科学院生涯保健部長は『小児救急体制が十分に機能していないのかもしれない。医師の教育研修なども含め、幼児を救う医療を強化する必要がある』と指摘する。」
という記事があった。

さまざまな、知らない情報が隠れている可能性があるとは思うのだが、私がこの記事からだけで得た印象では、以下の五つの理由から、この死亡率の高さは小児救急体制によるものだけではないように思った。

1) 私が豪州、英国で新生児科医として勤務してきた印象から、英国や豪州では日本に比べて、A)先天異常系の病気(たとえばダウン症など)の出生前のスクリーニングが徹底していることや、B)出生後も予後が芳しくないと予想される症例(新生児慢性肺疾患や、高度な未熟児、重症仮死、先天奇形など)では比較的早期に「諦める」傾向が強いことを経験として実感してきた。このことが、周産期死亡率が日本で低く、諸外国で高めである原因の一つではないかと感じてきた。(どちらがいいということではないし、単なる要因の一つとして)

2)記事では先天奇形や肺炎、心疾患、インフルエンザ、敗血症などが諸外国に比べて高いとあった。インフルエンザ、敗血症、肺炎でこの時期(1歳から4歳)に死亡する例では現在の日本では基礎疾患がある児が多いような印象がある。先天奇形や心疾患も含めて、基礎疾患のある児が多いということは果たして小児救急体制によるものだろうかと少し疑問に感じる。

3)豪州や英国での小児救急体制は「制度」的には日本より優れていると思いますが、救急外来で何時間も待たされるのが当たり前の豪州や英国の現状など、実際に受けている診療・中身という点においては身を粉にして働いておられる小児科医の先生方のがんばりに支えられて、日本の方が実は優れていると感じる点も多い。

4)一方で豪州や英国での新生児診療の整備が違いがあるにしても、日本に比べて遅れているというようにも実感として思えない。

5)ちょっと冷徹になって、最後には数字遊びだがが、記事をまとめると、各国平均はあたえられた数字から逆算して、
全体の死亡率は10万人あたり783人(各国平均の85%=各国平均921人)(年齢による標準化はさすがにしていると仮定)
0歳児の死亡率は10万人あたり340人(各国平均の67%=各国平均507人)
1-4歳児の死亡率は10万人あたり33人(各国平均の130%=各国平均25人)
となる。仮に、
「日本では諸外国に比べて重症新生児をより助ける傾向にあるために周産期死亡率は低いが、一方、新生児期・乳児期を通過できたこういった重症新生児の卒業生たちが1-4歳時点で亡くなる傾向にあるため、諸外国に比べて死亡率が高くなっている」という仮説を考える。
全体の死亡率である85%が日本の一般標準レベルと考えると0歳児の予想死亡率は10万人あたり
507人×85%=431人
で、
431人-340人=91人
が0歳時の時点で助かったとする。
理論的にこの助かった91人の死亡危険度を求めるのは難しいとは思うが、背景の死亡危険度は年齢により下がると考えられる。仮に危険度が日本の背景人口と平行して下がると考えると、
1-4歳時に死亡した33人のうち、
91人×(33人÷340人)=9人
は0歳時に死亡していたと仮定すると、
33人-9人=24人
となり、
24人÷25人=96%となる。
こうすると、日本の1-4歳児の死亡率は、先進国の各国平均以下という計算になるのである。
各国平均を理論的危険度として使用すると、もうこしこの数字は高くなるが、いずれにせよ、理論的危険度や日本の周産期医療の評価を変えることでかなり大きく数字は変わる。もうすこしちゃんと込み入ったモデリングをしたいところだが、時間と情報が足りないので、こんなところである。

もしかしたら、3割高い死亡率が小児救急体制の不備による根拠が違うところにあるのかもしれない。英国や豪州の状態だけから各国を類推することは行き過ぎかもしれない。それでも上記の記事から受ける印象は、これだけの結果からその結論を導くのは危険だということである。もちろん日本で小児救急体制を整えることは小児科医の勤務体制からいっても急務ではあるが。